著作権法のなかでは、最近、応用美術を巡る議論が、特に話題となっています。
発端は、TRIPP TRAPP事件(知財高裁平成27年4月14日判決)が、旧来の考え方を採用せず、「応用美術につき、他の表現物と同様に、表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば、創作性があるものとして著作物性を認めても、一般社会における利用、流通に関し、実用目的又は産業上の利用目的の実現を妨げるほどの制約が生じる事態を招くことまでは、考え難い」という、画期的な判断を下したことにあります。
つまり、応用美術であっても、他の著作物と同じ基準で著作物性を認めるということです。
応用美術の定義
では、応用美術とは、何を意味するのでしょうか。
美術は、純粋美術と応用美術に分類されます。
純粋美術は、「個別に製作された絵画・版画・彫刻の如く、思想または感情が表現されていて、それ自体の鑑賞を目的とし、実用性を有しない」ものとされ、応用美術は、「実用品に美術あるいは美術上の感覚・技法を応用した」ものであるといわれます(神戸地裁姫路支部昭和54年7月9日判決仏壇彫刻事件の定義)。
応用美術は、さらに、「純粋美術として製作されたものをそのまま実用品に利用する場合、既成の純粋美術の技法を一品製作に応用する場合(美術工芸品)、および、右純粋美術に見られる感覚あるいは技法を画一的に大量生産される実用品の製作に応用する場合等に細分されている」とされます(上記仏壇彫刻事件判決)。
以上のように、分類されていますが、応用美術かどうかという境界線は、実は、曖昧ではないかと思われます。
たとえば、スペースチューブ事件(知財高裁平成24年2月22日判決)では、舞台美術である体験型装置について、応用美術に属すると判断していますが、違和感があります。
応用美術に関する著作権法上の問題
では、応用美術が、純粋美術と同様の扱いを受けない理由は、どこにあるのでしょうか。
まず、著作権法2条2項は、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」と規定しているので、美術工芸品以外に美術を応用した実用品は、美術の著作物として保護されないのでは?という疑問が生じます。美術の著作物として保護されないとすると、知的財産法の保護が及ばないようにも思えますが、実用品に施したデザインは、意匠法によって保護することができます。
そこで、実用品に施したデザインを著作権法で保護すると、今度は、意匠法を設けた意味がなくなってしまうのではないかという点が問題になります。
また、実用品に施したデザインを著作権法により保護すると、日常生活の至る所で利用許諾を得る必要が生じるのではないか、という疑問も示されています。
裁判例の変化
そのため、従前は、応用美術のうち、純粋美術と同視しうるものを美術の著作物として保護する(東京地裁昭和56年4月20日判決ティーシャツ事件)とか、純粋美術と同様に評価して、「視覚を通じた美感の表象のうち、高度の美的表現を目的とするもののみ著作権法の保護の対象」とする(仏壇彫刻事件判決)といった基準が採用されていました。
前掲TRIPP TRAPP事件の判決は、そのような考えを採用せず、他の著作物と同じ基準で著作物性を認めると判断したので、応用美術を巡る熱い議論が生じました。その後のゴルフシャフト事件(知財高裁平成28年12月21日判決)も、同様の基準を採用しています。このように、応用美術の保護の基準は変わりつつあります。