オリンピック憲章では、「全てのオリンピック資産(オリンピックのシンボル、旗、モットーなど)に関するあらゆる権利、およびそれらを使用する全ての権利は・・・独占的にIOC(国際オリンピック委員会)に帰属する。」と定めています。2020年オリンピックの開催国となった日本は、このオリンピック憲章の遵守を誓約し、日本国内では、日本オリンピック委員会(JOC)、日本パラリンピック委員会(JPC)および大会組織委員会がオリンピックに関する知的財産の管理を任されています。
オリンピックなどのスポーツイベントの運営には莫大な費用が掛かりますが、それは主に、スポンサー料、ライセンス料、チケット売上金、放映権料で賄われています。
こうしたスポンサー料やライセンス料収入を確保するためには、スポーツイベントの運営者は、スポンサーやライセンシーに、高額なスポンサー料やライセンス料に見合う見返りを与えなければなりません。そこで、スポンサーを1業種1社に限定したり、契約を締結した会社にのみエンブレムやロゴなどの使用を許諾することになります。
アンブッシュマーケティングとは?
ところが、公式スポンサー契約を締結していないにもかかわらず、主催者の許可なくシンボルマークを不正使用するなどしてイベントに公式に関与するように見せかけ、イベントのマーケティングに便乗する宣伝行為が後を絶ちません。オリンピックに限らず、国際的なスポーツイベントでも起きています。
このような行為は、「アンブッシュ・マーケティング」と呼ばれます。「アンブッシュ(ambush)」は、英語で、待ち伏せして奇襲攻撃するという意味です。
アンブッシュ・マーケティングには、①イベントの登録商標を無断使用するなどして、イベントと関連しているかのように見せかける直接的な行為と、②商標等は使用することなく、何らかの方法によりイベントと関連しているかのように見せかける間接的な行為があります。
直接的なアンブッシュ・マーケティングへの対抗措置
直接的なアンブッシュ・マーケティングについては、各種知的財産権侵害が成立します。
➀不正競争防止法違反
不正競争防止法では、周知の商品等表示と誤認混同を惹起させる周知表示誤認混同行為(不正競争防止法2条1項1号)、著名な商品等表示を使用する著名表示使用行為(同条項2号)を不正競争行為と定め、民事上、差止請求(同法3条)、損害賠償請求(同法4条)ができ、刑事罰の対象(同法21条2項1号・2号)にもなりえます。
そのほか、不正競争防止法は、国際機関類似標章について国際機関の許可のない商業上の使用禁止を定め(同法17条)、違反行為を刑事罰の対象としています(同法21条2項7号)。 経済産業省令により、オリンピックシンボル(五輪マーク)は、国際機関類似標章と定められています。
➁商標権侵害
スポーツイベントの運営者は、関連する標章について、通常、事前に商標登録を済ませています。
したがって、許諾なく商標を使用する者に対しては、商標権侵害として差止め・損害賠償請求ができ(商標法36、38条)、刑事罰の対象にもなります(同法78条以下)。
そのほか、公共機関標章は商標の不登録事由となりますが(同法4条1項6号)、商標審査基準は、オリンピック標章を本号の規定に該当する標章と説明しています。
➂著作権法
五輪マークについては、前回の東京オリンピック大会当時、「比較的簡単な図案模様に過ぎない」「それ自体の美術性によるものとは考えられない」として著作物性を否定した仮処分事件があります(東京地裁昭和39年9月25日決定)。
しかし、スポーツイベントの大会マスコットなどは、一般に、著作物に該当すると考えられます。著作物の無断利用行為は、差止め・損害賠償請求(著作権法112条、114条)、刑事罰の対象となります(同法119条以下)。
直接的なアンブッシュ・マーケティングについては、知的財産法の既存の規定により対策を取ることができます。問題となるのは、間接的なアンブッシュ・マーケティングです。