書籍の内容が無断掲載されてしまったというご相談はよくあるのですが、具体的な相談に接しても迷いが生じることがあります。
それは、特に、➀相談者の記述に創作性が認められるかどうか、という問題と、➁相手方書籍の記述が相談者の記述のひき写しでない場合、複製または翻案といえるのかどうか、という点です。
この問題に関して参考になる裁判例として、「風にそよぐ墓標」事件(東京地裁平成25年3月14日判決、知財高裁平成25年9月30日判決)があります。
事案の概要
この事件の原告は、「雪解けの尾根 JAL123便の墜落事故」と題する書籍(「原告書籍」)の著者でした。
原告は、被告著者が著述し、被告集英社が発行した「風にそよぐ墓標」と題する書籍(「被告書籍」)について、原告書籍中の記述を複製または翻案したものと主張し、被告書籍の複製・頒布の差止めと損害賠償を求めて提訴しました。
原告が問題とした26記述のうち、一部について、創作性が肯定され、かつ、複製または翻案権の侵害であることが肯定されましたが、一部については否定されました。
侵害が肯定された記述の例
●原告記述5
「みなさすがに不安と疲労の色濃く、敗残兵のようにバスから降り立った。」
被告記述「不安と疲労のために、家族たちは”敗残兵”のようにバスから降り立った。」
●原告記述26
「八月十二日、自宅を出た夫は、この日の深夜、骨箱の中に入ってようやく戻ってきたのである。七日と十七時間ぶりであった。」
被告記述「Gの骨壺が、大阪・茨木の自宅の門をくぐったのは、八月十九日午後十一時のことである。八月十二日早朝に自宅を出て以来、実に七日と一七時間ぶりの帰宅だった。」
これらについては、原審および知財高裁とも、原告記述については、原告の個性が表れていると判断し、被告の記述が原告の記述を複製または翻案したものであると判断しています。
侵害が否定された記述の例
原告記述8
「体育館は、折からのひどい暑さの中に立錐の余地もないほどの人いきれで、まるで蒸しぶろのようである。昨晩から着ていたブルーのTシャツも汗まみれであったが、この際なりふりなど構っていられなかった。」
被告記述「体育館は折からの酷暑で、まるでむし風呂だった。Yが前夜から着つづけている洋服も汗まみれであったが、仕方なかった。」
原審は、原告記述8について、原告の個性が表れていると認め、被告記述には、原告の記述の表現上の本質的な特徴を直接感得できると判断したのに対し、知財高裁では、不快感や諦めの気持ちを表現したものとしてはありふれたものと判断して、原告記述8の創作性を否定しました。
コメント
原告書籍は、日航機墜落事故を題材にしているとはいえ、原告の描き下ろしであり、その意味では、原告の表現の幅が広いと認めることができます。
そのため、原告記述8についても、原告の個性が表れているように考えられます。
知財高裁ではこれを否定していますが、個人的には創作性ありと判断して良かったのではないかと思います。一方、被告記述程度に原告記述を改変していても、裁判所が複製または翻案と認めた点については、参考になります。
ところで、本件は、原審で認められた損害賠償額が、ライセンス料相当の損害として2万8560円、慰謝料として50万円、弁護士費用5万2856円でした。
知財高裁では、3つの記述の侵害が否定された結果、若干減額され、ライセンス料相当の損害として2万5200円、著作権侵害に基づく慰謝料として25万円、著作者人格権侵害に基づく慰謝料として25万円の合計50万円、弁護士費用を5万2520円としました。結局のところ、336円のために知財高裁で争った結果になっています。