著作者と出版者との契約その1で、著作者と出版者との間で契約を締結する場合の選択肢として、以下の契約形態を掲げました。
・ライセンス契約を締結し出版を許諾する(一般契約法および著作権法63条)
・複製権等の譲渡契約を締結し出版者が複製権者となり出版する
・出版権設定契約(著作権法79条以下)を締結する
それでは、これらの契約形態は、どのように違うのでしょうか。
各契約の概略
出版ライセンス契約(出版許諾契約)は、著作者が、出版者に対して、出版を認め禁止権を行使しないことを約束し、出版者はこれに対して著作者に対価を支払うことを約束する契約です。これは債権的な契約で、著作者と出版者との間に請求権を発生させるだけです。通常は、特定の出版者に対してのみ出版を許諾し、他の出版者に許諾しないという約定をつけた独占的出版許諾契約を締結します。
著作権譲渡契約は、著作権者が著作権を出版者に譲渡して移転させる契約です。著作権という物権的権利が譲受人に移転し、著作権者は、譲渡によってもはや著作権者ではなくなります。
出版権設定契約は、著作者が、出版者に対し、出版権という物権的な権利を設定する契約です。出版権には、1号出版権と2号出版権があることに注意する必要があります(著作権法80条)。1号出版権だけ、または2号出版権だけを対象にした出版権設定契約もあり得ますが、そうすると媒体で電子書籍が発行できても、送信はできないといった事態や、その逆の状況が発生します。これを避けるためには、両方を対象とした出版権設定契約を締結する必要があります。
各契約の違い
これらの契約に違いが生じるのは、著作権侵害の場合と二重契約の場合です。
ライセンス契約の場合、出版者は著作権者ではないので、著作権が侵害されても、みずから差止め請求をすることはできません。これに対し、出版権設定契約を締結した出版者は、出版権という物権的な権利の権利者となるので、出版権侵害者に対して、自ら差止めを求めることができます。著作権譲渡契約の場合も同様、著作権を譲り受けて著作権者となった出版者が差止め請求を行うことができます。
著作者が、別の出版者とも契約をしてしまったという二重契約の場合には、出版権設定契約であれば、出版者は、出版権設定登録(著作権法88条)をして対抗要件を備えておけば、他の出版者に出版権を対抗できます。著作権の二重譲渡の場合も、先に、著作権移転登録(著作権法77条)をして対抗要件を備えた譲受人が、他の譲受人に対して著作権譲渡を対抗できます。
他方、ライセンス契約の場合には、出版者は二重契約をした著作者に対し、損害賠償を請求ができるだけです。
契約選択の視点
著作権譲渡契約は、日本では、著作者が著作権を手放したがらないので、あまり一般的ではありません。著作権を手放すと、著作者は、ハードカバーの本をA社から、文庫本をB社から、電子出版はC社からという、選択ができなくなるという理由が背景にあるようです。他方、海外では譲渡契約(期間譲渡を含め)が比較的多く、特に、理系の分野では、譲渡契約が一般的です。
平成26年改正前の出版権設定契約は、使い勝手が良くなかったため、あまり活用されていたとはいえません。改正前、出版権設定契約は、紙媒体の書籍の出版のみが対象で、電子書籍には対応していませんでした。また、再許諾も認められていませんでした。
これに対し、出版許諾契約は融通が利くという利点があり、特に、電子出版については、利用許諾契約が活用されました。しかし、出版許諾契約では、著作権は著作者が保有しているので、著作権を侵害された場合、著作者自らが差止めの裁判を行う必要があります。マンガなどのように国境を越えて侵害が行われると、個人の著作者が対応するのは困難です。
契約書がない場合
出版業界では、著作者と出版者との間で、契約書を交わさず口約束で合意するケースがまだ多くあります。この場合、著作者と出版者との間で、どのような性質の契約を締結したのか問題になり得ます。そのようなときは、著作者にとって制約が多い出版権設定契約や著作権譲渡契約を締結したとは解釈されず、出版許諾契約と解釈されるのが一般的です(太陽風交差点事件参照)。
出版業界もそろそろ口頭での契約から卒業すべきではないかと思います。せっかく、電子書籍を出版権の対象とする法改正がなされたのですから、これを活用して、出版者サイドで積極的な権利行使を試みるべきではないでしょうか。
なお、出版権設定契約は、海外では一般的ではありません。そのため、出版権者が海外で侵害者に対し差止請求をしようとする場合に、不法行為地の裁判所がすんなり差止請求権ありと認めてくれるのかやや疑問に思います。